吉野敬介の経歴や実力が凄い!虚言癖や書類送検の過去があるってホント?

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ニュースを見ていると見たことのある顔写真が目に飛び込んできました。

その人は、元代々木ゼミナール講師だった吉野敬介先生でした。

今回、YouTuber先生デビューされたとの事でそのインタビュー記事でした。

私もうん十年前に大阪校のサテライト講座で授業を受けた事があり懐かしい気分になりました。

  • 経歴実力
  • 虚言癖
  • 書類送検の過去(知らなかったです。)

を調査してみました。

 

吉野敬介先生の経歴

小学校時代

小学校時代は、周りから天才と呼ばれ成績が良く中学受験をした。

中学校時代

中学校時代は、暴走族に属して特攻隊長であった生枠のヤンキーだった。

高校時代

高校入学後は、ケンカ・酒・タバコ・シンナーに魅了され、暴力事件で分かっているだけでも3度の停学、暴力団関連の事件に関与したり覚醒剤取締法違反で警察に逮捕されたりで少年鑑別所に収監された。

⇒高校は、厨子開成高校でヤンキー校と思いきや当時は中堅校ですが今は進学校です。

中学・高校時代の文章を読むだけでも「ゾクッ」としてしまいます(怖)

高校卒業後

高校卒業後は高校在学中からアルバイトをしていた中古車販売会社に就職し、1年半勤務する。

給料が30万円を超えたので、別れた彼女に久しぶりに電話をしたところ

「高卒はダサい!」

と言われ、おまけに専修大学生に彼女を奪われた。

その事がきっかけで大学受験を決意(その時は20歳の9月だった)

大学受験時代

大学受験を決意してすぐに代ゼミで人生初めての模試を受けたところ、

科目 偏差値
国語 24
日本史 24
英語 23

だった。

それから家庭教師仲間から有坂誠人さんの私塾であるミレー塾と、代々木ゼミナールの単科ゼミに通い長い時では1日20時間の勉強を続け4ヶ月後に再度模試を受けたところ、

科目 偏差値
国語 86

で国語の成績がグンと伸び全国3位であった。

英語はほとんど伸びず、日本史は受験前最後の模試では、偏差値55だったみたいです。

その後も国語の偏差値は90を超え、小論文の模試では全国2位になったこともあります。

受験勉強をするにつれ、古文の魅力に取り付かれ勉強した。

⇒高校時代もそうですが、吉野先生は魅力・魅了された物は徹底的にこだわって実行していく人なのだと思いました。

志望大学をどうするか?の話になった時、塾講師の勧めもあり國學院大學文学部第二部(夜間)文学科に決めた。

入試の前月1月は、成人式もあったが行かずに欠席し勉強を続けた結果、直前に勉強していた日本史の勉強内容が、偶然にも入試問題と同じで見事、國學院大學に合格。

⇒立教大学や明治大学、学習院大学にも合格していたという噂もありますが元彼女の彼氏が通っていた専修大学は落ちたみたいです。

体験談
(僕も吉野先生の授業を受けた事があるので、色んな雑談がありましたが、「國學院大學を受験後に血を吐いて倒れた!」という話は印象に残ってます。)

大学生時代

大学生時代は、成績が優秀だったので特待生で授業料が免除され、國學院大學大学院への無試験で進学できる権利を有していたが実際には進学しなかった。

某有名高校教諭の内定が決まっている中、家庭教師のアルバイトや、大学4回生の時に代々木ゼミナール大船校(現・湘南キャンパス)でのチューターをしていた時、生徒が合格していく姿を見て、予備校講師という職業も選択肢になったそうです。

大学卒業後

大学受験でお世話になった有坂誠人さんの紹介で、代々木ゼミナールの講師に推薦される。

本来であれば、同校講師の推薦があれば、講師採用試験はないみたいですが、元暴走族の特攻隊長という異色の経歴のため、一応、試験を受けてほしいという事で講師採用試験を受けたみたいです。

当時、代々木ゼミナールの講師採用試験の受験資格は、大学院卒業以上とされていたため、新卒の大学生に受験資格が与えられる事は異例でした。

試験会場に着くのが早すぎたため、偶然立ち寄った図書館で読んだ古文が、大学受験の日本史に続いて採用試験に出る。

結果、古文だけで全受験者300名中、合格者は1名で、200点満点中196点とり、当時の史上最年少史上最高得点で合格し史上最年少講師となった。

以後16年間人気ナンバーワン講師として活躍。

2006年度をもって代々木ゼミナールを退職し吉野塾を設立。

2008年度から東進ハイスクールの客員講師として出講。

2020年3月末日をもって、東進ハイスクールとの契約が切れ、2020年4月1日からは番組「ただよび」YouTubeを介した無料予備校を開校しユーチューバーとして講師活動をしている。

 

吉野敬介先生の実力や講義スタイル


講義スタイルは極めてオーソドックスで、悪く言えば高校の授業みたいです。

語彙と文法に忠実に訳して、直訳から内容を理解していく方法です。

本文訳など大事な部分は何度も繰り返して説明してくれ板書もシンプルなので見やすくノートが取りやすい。

前列に座っている生徒にはよく話しかけ、受講態度が悪い生徒には容赦なく、教室から退出させられることがある(頬杖をつく、携帯を鳴らす、居眠りするなど)。

1講義90分間のうち約10~20分は雑談が入る。吉野講師の話す雑談の殆どは毎年同じで生徒を笑わせるための作り話であるとの噂もあるが、真実は分かりません。

経験談
(授業を受けた事のある私の感想としては、確かに授業の合間合間に雑談がありますが、明らかに嘘くさい話もあります(笑)でも、人間の集中力が持続出来るのは45~50分くらいとも言われてますので雑談時間は良い気分転換になっていたと思います。)

予備校は勉強するところなので、授業内容は大事ですが、授業内容が良いだけで代ゼミで16年間トップ講師としてやってこれたのはそれ以外の何か...カリスマ性もあったのだと個人的に思っております。

カリスマ性を出すには、パンチの効いた経歴や雑談に魅了され、その魅力に取り付かれた生徒がを古文に興味を持ち成績が良くなり大学にも合格していくという事実に受験生はカリスマ性を感じるのだと思います。

 

吉野敬介先生の虚言癖

ここまで吉野先生の経歴や実力について見てきましたが、その中にも調べた情報によっては事実が2転3転する内容もあります。

虚言癖①

吉野敬介先生に虚言癖があると思われているのは、まず経歴の内容が著書や授業中の発言ごとに変わっている部分もあります。

中学時代の暴走族の特攻隊長をしていたと言っているが暴走族姿(特攻服姿)の写真や成績・偏差値が急激に上がった模試の成績表など経歴を裏付ける資料はどこにも載ってません。

虚言癖②

大学受験に向けての話では、大学も数校合格していたと書かれています。

立教大学・明治大学・法政大学・学習院大学に受かったにも関わらず行かなかったのは國學院大學に対して強いこだわりがあったので國學院大學を選んだのかと思いきや、最近になって実は早稲田大学や東京大学にも行きたかったとの発言もあり、こだわりも無く一般の受験生と同じ考えを持っていたようです。

ちなみに上記の大学の合格通知は元彼女の前で破って捨てたとの事で実際に合格してるかどうかは誰にも分かりません。

國學院大學も1部ではなく2部に合格されてたそうです(まぁ、誰も1部に合格したとは言ってませんが)

2部の受験月は3月なので、まだ合格発表のされていない2月に合格発表の話が書かれてたり、時系列で辻褄が合わないです。

吉野敬介先生をウィキペディア(Wikipedia)で、調べてみると、ウィキペディアらしくない悪意のある文章で、まるで虚言癖人間? のように、著書で書かれている部分を分析して、矛盾点を指摘しています。

偽りのプロフィールだと発言している方も多々いらっしゃいますが、古文だけは抜群に出来たという事は不変の事実だと思います。

 

吉野敬介先生の書類送検は本当?

2002年6月8日16時20分頃代々木ゼミナールの横浜校において

授業中に横浜市内の私立高校3年の男子生徒が他の受講生と私語をしていたため

「私語をするな!」

と注意したが、生徒が態度を改めなかったため

「お前だよ!」

などと言いながら生徒に歩み寄り顔をはたくような感じで2回殴ったという。

その生徒は前週の授業でも私語をして、他の生徒から迷惑だと相談もされており、再度満員の教室で再び私語をし、周囲に迷惑をかけてもいた状況だった。

生徒は顔に5日間の軽傷。

男子生徒はその場で反省したが、生徒の両親が神奈川署に被害届けを出し、傷害容疑で書類送検されたが吉野先生より

「申し訳ないことをした」

と被害者らに謝罪し和解している。

代々木ゼミナール側も事態を受けて、吉野敬介先生に厳重注意処分と減給処分にしたほか、同ゼミナールの役員と横浜校の統括局長を厳重注意処分にしています。

当時、代々木ゼミナール広報企画部は、

「あってはならないことで、今後このようなことが起きないよう厳重に管理していきたい」

とのコメントを残しています。

記録
(当時の記録によると、テレビ局が、同予備校前で予備校生達にインタビューしていたが、300名以上が受講する大教室で、一言一句聞き逃すまいと真剣に受講している他の受講生への影響を考えると、緊急的な処置としては適切であったという吉野敬介を擁護する意見や男子生徒に対する批判が大多数を占めていたみたいです。)

 

まとめ

ここまで吉野敬介先生の経歴をみてきましたが、これだけ見た目も経歴もインパクトのある先生はなかなかいないと思います(笑)

私も過去浪人時代、吉野敬介先生に教えて頂き国語自体苦手だったのですが古文の成績はグンと上がり志望校にも合格出来ました。

吉野敬介先生に魅了され國學院大學を受験し合格もしましたが、悩んだ末、他校に入学しました。

このブログを書いている時、なぜかしんどかった受験勉強時代が懐かしく青春時代の良き記憶として思い出されます。

私はたとえ吉野敬介先生が虚言癖を持っていたとしても、講師としての仕事は十二分にされてましたし、本気で授業をされてたと思います。

吉野敬介先生には感謝の一言です。

代ゼミも青春時代の良い思い出になってます。代ゼミにも感謝です。

吉野先生の今後のご活躍・さらなる発展を期待しております。

今回も最後までお読み頂き有難うございました。

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